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12.23

 

 

■ " 東宮殿下御乗車記念碑 "  除幕式のお知らせ■

12/28(月)14:00より、駅舎正面広場にて除幕式を行います。




2015

11.11

 

当公式ホームページ開設

駅舎正面、外構整備工事やっています。(~11月中予定)

12月、『ありがとう100周年よろしく101周年イベント』を予定

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 軽便与那原駅舎とは?~ 沖縄にもかつて鉄道が走っていた ~ 

 

2003年、沖縄にゆいレールが開業しました。

今まで鉄道がない県だった沖縄に、そこで初めて鉄道が敷かれました…という訳ではありません。

実は戦前の沖縄には、”軽便-けいびん-”と呼ばれた、ひと回り小さな、しかし立派な『沖縄県営鉄道』が走っていたのです。

営業は1914年から1945年までの31年間。

路線は那覇-与那原間を中心として、北は嘉手納・南は糸満まで延び、たくさんの物資や人を運ぶ、陸運の中心でした。

 

車社会である現代の沖縄からは、そんなに立派な鉄道があったことは、中々想像がつきません。

ですが、戦争で破壊され消えた鉄道の『痕跡』は、確かに、今の沖縄にもあるのです。

線路の小橋跡や、汽車道跡…。戦後生まれの私たちは、すぐそばにある『痕跡』に実は触れながらも、気づかずに暮らしているのです。

 

■ 時代を超えた駅舎跡


与那原に残った『痕跡』はどうだったでしょうか。

他の木造駅舎とは違う、与那原だけのコンクリート駅舎は、戦争での破壊にもわずかに耐え、形を残しました。そしてその後の復興の中で、建物は補修を重ね、消防署・町役場・農協と、生活の中に溶け込んでいったのです。

 

2013年。駅舎跡地であり、長らく地域に馴染んでいた農協の、近隣移転が決まります。

時は奇しくも、軽便鉄道の開通100周年、目前でした。

与那原町はこれを機に、駅舎の復元を試みます。



■ 蘇える駅舎

 

歴史や文化、建築方面などの専門家が力を合わせ、数少ない貴重な写真資料や、当時を覚えている年配の方々からの聞き取りなどを行い、今は無き当時の駅舎の姿を、浮き彫りにしていきました。

そして苦労の末、戦時破壊より69年の時を超え、2014年夏、その建物――軽便与那原駅舎は、現代に復元されたのです。

 

■ 繋がる証を遺して

 

沖縄は戦争によりたくさんのものを失い、また戦後も米軍統治により、混乱の時代が続きました。

そして今、戦後70年が過ぎ、基地問題などの課題は残しつつも、沖縄に暮らす人々は新しい世代へと移り変わろうとしています。

 

繋ぎ、受け継いでいくこの時代に復元された『軽便与那原駅舎』は、これからの人々にとって、戦前の沖縄、失われた過去の沖縄を証明していく、貴重な手掛かりになるでしょう。